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おかえり







図書室の窓の外を見ると空は茜色に染まっていた。

今日はあまり活動が無い図書委員会の書物整理の日だった。どうせ整理しても明日にはまたばらばらになっているのに。

委員長が不在な為に戸締まりは副委員の自分がしなければならない。鍵は先に帰った人が職員室に返してくれたから後は帰るだけだ。









「まだ仕事終わらないの?」

玄関付近の廊下を歩いていると明るい声が聞こえた。声の主を見ると紅い長髪に薄い水色の瞳……制服のリボンは一年の印の緑。フレイ・アルスターだ。


フレイ・アルスター……キラが可愛いと言っていた子で噂では高飛車な我が儘お嬢様。自分とは全くもって世界が違う人だ。

だからとっとと帰ろうと足を進めた。


「いいわよ。気にしないで、私はパパとなら家での食事だっていいんだから!」


"パパ"との言葉に足を止めてしまう。自覚は無い、身体が勝手に止まってしまった。

「えっ?だから大丈夫だって!私待ってるから。パパは私に嘘つかない事はちゃーんとわかってるって!なんなら近くのファミレスでもいいのよ?」

電話の向こうにいるのは彼女の父親なのだろう。話からすると夕飯の食事を共に外で済ます約束をしていたらしい。

彼女の言葉から父親の様子がよくわかる。娘の為にあたふたしている父親像が。




羨ましいと思う。

小さい頃から俺は共働きの両親に迷惑をかけない為に色々と我慢をした。甘えないで、自分の事は自分でして、家事も自ら進んでした。

母は偉いと褒めてくれた。

だが父からはあまり褒めてもらった記憶がない。

父との橋渡しをしていた母が一年程前に交通事故により他界した。母の死からは一緒に食事をする事も会話をする事も無くなった。

まるで見ず知らずの他人のように。




「はーい。じゃっ待ってるから!私も楽しみよ。また後でね」

会話を終えたフレイ・アルスターは携帯を制服のポケットに入れた。そして靴箱に向かうと思えたが……

「さて、何?」

向かうどころかこちらに向き声をかけてきた。いきなりな事に驚いてしまった。

「だから何かよう?ずっと立ち止まって人の事見て。気付いてないと思ってた?」

彼女は腕を組み仁王立ちに俺を睨みつけていた。見ていないと言ったら嘘になるが半分は意識は違う方向に向いていたと思う。

別に言い訳をする気もなかった。だから正直に言った。

「羨ましいなって」

理由を言ったのだから直ぐに帰れると思っていた。正直に彼女のようなチャラ系とは関わりたくはない。彼女だって約束があるんだろうし、だから帰れると思ってたんだ。















「でさぁージェシカったら私の事ファザコンって言うのよ!酷くない?私は純粋にパパが好きなだけなんだから!」

何故か俺は彼女と一緒に学校の近くの喫茶店にいる。

理由を述べれば更に問われる。だから問いに返すとまた問われ、気付けば此処に連れて来られた。

「……ちょっとー、私ばっか喋って愚痴を聞かせてるみたいじゃない!あなたもなんか言いなさいよ」

フレイは大きなチョコレートパフェを一口含み口から離れたスプーンで俺を指す。

喋ろと言われても何を喋ればいいのかわかんないし……それよりもそのパフェの量の多さにびっくりする。

「えっと…やっぱ羨ましいかな」

「あなたは父親と仲でも悪いの?」

仲が悪い事はない。でも境界線がある。お互いに線を引いてるなんて……直ぐにわかる。

背筋が寒くなる。鳥肌が立つのがわかる。いつもこうだ、父の話をすると。

嫌になる。


「家庭内別居みたいなものだよ。家族っていえないよ」

ふと本音が漏れる。言ってしまってから気付く。こんな自分も嫌だなって思う。

「ふうん…あなたはお父さんの事……好き?」

好き?そう聞かれはっとする。俺は父が好きなのかな?わからない。わからないけど……彼女が羨ましいって思うのは本当で…。

「わからないけど……」

「じゃあ好きって事で!」

はあ?と少し下に俯いていた顔を上げ彼女を見る。俺はわからないって言ったはず。

「羨ましいなって言うんだから好きに決まってるでしょ」

全てを見透かしてるような薄い水色に映る自分の顔は情けなく幼くて………

「でも…母もいないし、どう接すればいいかわからないし、今となっては会話なんて」


今更だ。今更なんだ。

父が好きでも、もう家族と言えない状況なんだから。

「私は小さい頃からパパや…ママにいっぱい甘えたわ。はたから見れば呆れる程にね。それを皆は度が過ぎてるとか我が儘って言うけど私は気にしないわ。」

強い眼差しを向けられる。

「だって、いついなくなっちゃうかわからないじゃない。ママのように………あなたのお母さんのようにね。だから後悔しないように今でも自分なりにパパに愛情を贈っているの」

懐かしむ顔をして、それでも勝ち気のある瞳は強い光を宿している。

「あなただって後悔してない?どうしてもっとお母さんに甘えなかったんだろうって……だから今でも遅くないわよ。少しずつ話しかけてみなさい」

「少し…ずつ?」

「そうよ。ほら…おかえり、とかおはようとか…」

簡単な挨拶からでいいのよ。彼女はそう言ってまたパフェを食べ始めた。


我が儘で高飛車なお嬢様……そう言っていたのは誰だろう。確かに彼女はプライドが高い、だがちゃんと自分の事を考えている。

本当に心から思った。


羨ましいと。




「あっやば…パパが帰って来ちゃう!そろそろお開きね」

パフェを食い終わり彼女は席を立つ。俺も紅茶を飲みほし跡を追う。


「あっ俺が払うよ」

この場合はやはり自分が払うべきなのかと思い財布からお金を取り出した。

「ダ・メ。あなたは私の彼氏じゃないわ、友達同士の場合は割り勘って決まってるんだから」

「と…もだち?」

友達…確か彼女はそう言った。

「あら、違うの?私は嫌よ?へにょへにょした彼氏は」

へにょへにょって……別にへにょってなんかいないんだけど。

「ほら、半分だす!もたもたしない!」

慌てて財布からお金を出す。今思えばほぼパフェ代なんじゃ……。








「じゃ!頑張りなさいよ」

「ああ…ありがとう。気をつけて」

そうしてお互い反対方向に歩き始めた。

「子供が親を好きなように親だって子供が好きなんだから」



彼女…フレイが何か言ったように聞こえたが何て言ったかはわからなかった。





家に電気がついていた。父が帰っているのだ。仕事の都合で五日は会っていなかったから何だかドキドキした。


リビングに父はいた。ノートパソコンを広げ忙しく打ち込んでいる。いつもなら俺は直ぐに風呂に入って寝るのだが…

『頑張りなさいよ』

フレイの言葉が脳に響く。

『おかえりとか、おはようとか』

「……あっ、父ぅ…」

全身に鳥肌が立つ。足が震える。でも頑張って!


「おっおかえり…なさい」

緊張が解ける感覚がした。普通の親子なら何てない挨拶にこんなにびくつくなんて……。

言ってしまった恥ずかしさとなんとも言えない焦りを覚え、とっとと風呂に入ろうとリビングを出ようとした。




「ただいま」


えっ?

今…何て…………。


父を見るとキーボードから手を離しコーヒーを飲んでいる。

この家には当たり前に二人しかいない。だから今の声は父であるしかない。


『ただいま』

懐かしい声に何だか心が温まる。

嬉しいのか恥ずかしいのか顔が熱くなる。久しぶりに聞いた父の声。目尻になんか温かい物を感じて……だからまた言いたくなった。






「おかえりなさい!」




































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